住まいと寸法
武藤清秀
学生のころの友人に、身長一九四センチの男がいた。バスケットボールのゴール下での有利さにくらべ、日常生活では苦労も多かった。彼のアパートの鴨居(かもい)の高さが一七六センチぐらいであったせいか、少し猫背であった。
かつての日本の建物は、柱の間を襖(ふすま)・障子などの可動性建具で隔てていたため、平面的に大変融通のきく空間であった。いかに住みこなすかという知恵が、住む人に要求されていたわけである。
現代のように、立つ生活が多くなり、視線が高くなると、垂直方向の寸法(高さ)が問題になってきた。高さの調整を住まいの装置に持ち込むのは、平面の場合ほど簡単ではない。先の友人は、体の慣れで対応してきた。
だが、階段のように人命にかかわる場合もそれでよいのだろうか。急こう配の階段の家に育つとスキーがうまくなる、という話も聞かないので、ここは下りの安全性をとりたい。素足で下りる際、自然な姿勢でつま先全体が踏み面にのることが重要である。住まいの空間のバランスにもよるが、踏面は大人の足の裏の長さぐらいが欲しい。こう配を決める蹴(け)上げは一八センチくらいにとどめることが望ましい。
私の理想とする階段は、いささかとっぴではあるが、柔らかい雪の斜面のように、自分の尺度に応じて自由に上り下りできるものである。無論滑り降りてもかまわない。老若男女すべての使う階段こそ、寸法の融通性が欲しい。
------北國新聞「舞台」 1993年2月1日------
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