町家の修復 武藤清秀
1.1 はじめに
(1)場所
現在建っている場所で修理して使い続けることが、町家の修復としては理想である。しかし場合によっては、公共工事に伴うセットバック、地盤のかさ上げなどの理由で、それが出来ないこともある。そんなときは、そのまま移動する曳家、建物を持ち上げる揚家、解体して移築する解体移築、またそれらを組み合わせる場合など、建物の移動を伴う工法を検討する必要がある。基本的な流れはそれぞれの工法で違いはないが、この章では現在建っている場所での修復を想定している。
(2)学習
金沢の旧市内に建っている町家を見慣れた人、あるいは暮らしのなかで町家内部も良く知っている人は、現代の工法で建てられた建物と町家との違いは、感覚的に分かっているはずだ。しかし、町家の建物としての特徴と町家における暮らしとのつながりは、これから町家を修復しようとする人にとって、改めて学習しても損はないだろう。もちろん、修復を進める過程で当然学んでいくことではあるが、実際工事を行った町家の修復事例を見学したり、修復を終えて住んでいる人から直接話しを聞くことも大事である。
(3)相談
修復の相談は、その家に出入りの大工や職人がいる場合、まずその出入り方にするのがいいだろう。そういった出入り方がいないときは、相談する相手を探すことになる。相談先としては職人、設計事務所、工務店などが考えられるが、町家の修復は新築とは別物と考え、伝統的技術に習熟した相手に相談すべきである。また身近にいるという理由だけで、素人相手に相談したのでは本質を誤る。団体として実務は行わないが、金澤町家研究会には相談窓口がある。また、(社)金沢職人大学校では修復技術に精通した職人の紹介を受けることができる。
(4)基本方針
修復の基本方針をまず確認しておくことが大事である。例えてあげれば、
・ 建築当初の材料を出来るだけ再使用し、取替える場合は必要最小限度とする。何でも新しくするのではなく、傷んだ材料だけ取り替えることによって、その建物の歴史が引き継がれ、新築と違った落着いた風情を楽しめる。と同時に、産業廃棄物が少なくなり、環境負荷も少なくなる。
・ 改造箇所を調査し、調査でわかった当初の姿を出来るだけ尊重して修復する。近隣に同じような町家があれば参考にし、歴史的な風景として違和感のないものにする。
・ 設備は基本的に新しいものにする。但し、照明器具などで風情があり再使用可能なものは出来るだけ使用する。現在製造されている設備機器の既製品は、そのままで町家になじむ製品は少ないので、隠すよう工夫するか、目立たない配置とする。建築当初にはなかった正面から見えるメーター類、室外機などは、特に配慮したい。
などである。
1.2 町家修復の流れ
町家を修復するにあたって、建物の現状を把握する調査、設計そして施工に到るまでの流れは、大きく分けると次のとおりである。
(1)調査
町家の現状を実測し、さらに傷み具合などを調べて、実際の設計を行うための基礎資料を作成する。
(2)設計・工事監理
設計とは、施主の要望を取り入れ、修復内容を総合的に判断して、設計図書に織り込むことである。
工事監理とは、設計図書と照合し、工事が設計図書のとおりに実施されているかどうかを確認することである。修復工事の場合、既存建物の状況が工事を進める途中でわかってくることも多いので、新築工事に比べ現場での判断が多く、工事監理は重要となる。
(3)施工
修復工事を請け負った施工者が、設計図書に基づいて工事を行う。

図1-1 町家修復の流れ
※(社)金沢職人大学校修復専攻科を修了した建築士、職人等に金沢市長から与えられる称号。伝統工法で建てられた建物修復の専門家である。
1.3 調査
(1)現状調査
(a)調査の目的
町家を修復するにあたり、まず対象となる町家の現状がどうであるか調査する必要がある。これが建物を新築する場合と大きく異なるそして重要な点である。建物の履歴、構造形式、使用材料や仕上げ、歪みや破損の度合いなどを調査することによって、建物の現状を把握する。まだ修復するかどうかが決まっておらず、これからその判断をする場合でも、現状を把握してその判断の資料とするために調査は必要である。
町家は元々職住一致の建物として仕事場と居住部分を兼ねているので、仕事の内容、居住者の人数、設備などの変化により、建物が改変されていることが普通である。その改変された状態に惑わされず、痕跡等からその建物の建築当初の姿を見抜き、その建物の良いところを見出すことが大切で、構造及び意匠の特徴を含めて所見を受け取る。
(b)調査の内容
戦前に建てられた町家の場合、図面がないことがほとんどであり、その場合現状調査で最初にすることは実測調査である。平面図、断面図、梁伏図など必要に応じて実測し、それらの図面を作成する。
次に、建物の歪みを計測し記録することが大事である。柱の不陸(不同沈下)及び転び(傾斜)を、レベルや下げ振りを用いて計測する。柱の転びを計測するにあたって、柱が現しになっている真壁の場合はそのまま測ることができるが、柱が隠れている大壁の場合は必ずしも壁の傾斜=柱の傾斜ではないので注意する。柱の転びの計測は簡単な道具で出来るので、所有者自ら測ってみるのも現状を知るうえでいいだろう。
写真1-1 レーザーレベルによる不陸の計測

写真1-2 下げ振りによる転びの計測
さらに、使用材料や仕上げなど仕様を調査し、破損の度合いなどを調査する。このとき瓦屋根は瓦屋、畳は畳屋など部材に応じた専門の職人に見てもらうことによって、修理の仕様がより確実なものになる。 また、建物に影響を受ける近隣の環境、敷地の高低差・排水の状況などを調べることは新築する場合と同様である。
(2)現状調査報告書の作成
現状調査が済んだら、その内容と結果を現状調査報告書に記録する。その際、調査者から建物の特徴及び、修復に向けての助言を所見にまとめてもらうと、修復の計画を立てる際、参考になるだろう。
1.4 設計
(1)基本設計
(a)予算、工期の把握
修復工事はどこをどう修復するか、つまり工事の範囲と仕様によって金額と工期が著しく変わる。予算と工期が明確でない場合でも、基本設計の段階でおおよその予算を立て、いつ頃着工しいつ頃完成するか予め計画することで、計画をより現実的なものにできる。
自然素材を使用し、伝統的な工法によって修復する場合、施工時期や工期が重要になる。例えば竹や木材は切り旬を守る必要があり、また小舞を掻いて土塗り壁とする場合は、材料の調達、下ごしらえに始まり、施工や乾燥のための時間が必要である。
(b)平面、断面の検討
次に、実測した図面を参考にして、完成した姿を検討する。用途・使い勝手に応じて間取りを計画するわけだが、町家は柱・梁や壁など構造がほとんどの意匠を決定しているので、むやみに構造を変えることは町家の良さを失うことにもなりかねない。むしろ、改造のため抜かれた柱や壁を元に戻すなど、当初の構造耐力に戻すことは最低限必要なことで、さらに必要に応じて補強を施す。また、構造を変える場合は荷重の流れ、建物の構造的なバランスを充分検討する必要がある。
この時平面だけではなく、断面も含めて検討する必要がある。天井高について例をとると、階高(一階床から二階床までの高さ)は現状で決まっており、古い町家ほど低い傾向にあって、一階の天井高の限度は自ずと決まる。そこで天井高を高くするため既存の階高を上げるという手法が考えられるが、構造上また費用の面でも町家の修復にはなじまない。よほどのことがない限り、現状の階高を与えられた条件として計画することをお勧めする。因みに、既存の急勾配の階段を付け替えて勾配を緩くする場合には、階高の低さは逆に有利となる。
一方、天井高を高くするため既存の一階床を取り除いて土間にする場合、そこが構造上の弱点とならないよう検討が必要となる。柱の足元をつなぐ足固めや貫などが抜かれることになるからである。また、既存の二階床を取り除いて新たに吹き抜けとする場合も、構造上の弱点となり耐震性能も低下するので、まず構造的バランスを検討することが必要で、安易に行うべきではない。
(c)概算見積の作成と計画の見直し
平面、断面、立面が決まったら、工事費の概算見積を作成する。この概算見積によって計画をこのまま進めて問題がないかどうかを判断する。
予算と大きくかけ離れた場合、この段階で計画を見直す必要がある。また、金沢市内の町家の立地によっては、景観に配慮した修復に対し補助金を受けられる場合があるので、該当する地域かどうか、また修理の条件は何かなど確認するとよい。いずれにせよ、補助金を頂く場合は、金額、内容、工期等に制限を受けるので、納得の上で計画を進める。
計画の見直しにおいては、修復工事の優先順位を決めて、どうしてもやるべきことを優先して選択し、その他は思い切って工事範囲から外す決断も必要である。屋根、外壁、開口部など雨漏りに関すること、基礎、軸組みなど構造に関することは建物の耐久性や安全性に関わる問題なので、まず優先して選択すべきだろう。柱の不同沈下や転びがある場合、不陸調整、建て起こしは優先して行う。
極端な言い方をすれば、後でできるものは工事から外すということを検討する。そのため概算見積は一般的な工事費の積算のように工種別ではなく、工事の範囲別にすると、計画を見直すときに判断がしやすくなる。
(2)詳細調査、実施設計
基本設計における概算見積はあくまで概算なので、実際の工事にあたっては施工者から実際の工事額の見積を提出してもらう。そのため、修復内容や仕様を表現して、工事費の見積ができる設計図書(仕様書及び図面)を作成するのが実施設計である。
(a)詳細調査
(1)の現状調査でできなかった部分で、実施設計に必要な部分をさらに調査する。後で加えられた内装などを撤去することができれば、当初の状態を知ることができる。
(b)実施設計
現状調査で実測した図面だけでなく、基本設計を基に詳細調査で分かった内容を検討し、修復の設計図書を作成する。
1.5 施工
(1)見積、工事契約
設計図書を基に、施工者に工事金額を見積してもらう。それによって提示された見積金額と内容を精査し、納得がいけば、所有者は施工者と工事契約を結ぶ。
(2)修復の実際
(a)仮設工事
町家の修復に必要な仮設的な設備としては、外壁を修復する際の足場がある。同様に内部に吹き抜けがある場合は、吹き抜けにも足場は必要である。天候に左右されず、部材を濡らさずに施工する場合は、素屋根(仮屋根)があると有効であるが、一般的な町家の修復では素屋根を設けることは少ない。数寄屋(茶室)等では、施工内容によって素屋根を必要とする場合もある。
(b)解体工事
柱の不同沈下や転びがある場合、不陸調整、建て起こしを行うために、一階の床組みを解体する。その際、畳など再使用できるものは大切に保存する。
隣家と接している町家は、基礎、壁、屋根の取り合い部分があるので、隣家に工事内容を説明し了解を得ておくとともに、影響を及ぼさないよう注意する。柱を共有する長屋建ての場合、共有する柱の歪みの修正は、隣家の壁を傷めることがあるので、無理をしない。
後からの改変で取り付けられたプリント合板やボード類、修復後に不要な設備類などは、この時撤去する。設計上残す部分と撤去部分を明確に区別し、残す部分はしっかり養生して傷めないようにする。
(c)基礎の補強
町家の柱は、正面や隣家と接する部分に土台が入っている他、自然石の上に載る礎石建ちの基礎がほとんどである。これを見て石の上に柱がただ載っているだけという印象を持つ人も多いが、100年近く経ってもさほど沈下していない例もあり、入念に基礎を作っていたことが伺える。
不同沈下がある場合、現場の状況をよく観察して、原因を見極めたい。基礎の沈下が大きい例は、道路側溝を作る際や隣地の家が建物を建て直す際に、コンクリート基礎の根入れを深くとり、周囲の地盤が緩んだことが原因であることが多く、必ずしも当初の基礎に問題があったわけではない。このように周囲の地盤を乱されたことによる基礎の沈下に関しては対策を立てるべきであるが、さほど沈下のみられない入念に作られた基礎までやり直す必要はない。但し、礎石にひび割れや劣化がある場合は、やり直すか補強が必要である。コンクリートを安易に多用すると、将来の改修が難しくなり、また改修の際騒音等で近隣に迷惑をかけることになる。
(d)構造軸組みの修正・修理
調査結果に基づき、不同沈下、柱の転びを修正する。構造軸組みを修正する際、土壁はそのままにして軸組みを修正すると壁全体を傷めるので、柱の散り際を落として、貫と小舞の状態にし、土壁は柱と縁を切る。歪みが生じてから補修した壁をそのままにして修正を行うと、戻りにくいばかりでなく、必ず割れるので柱と縁を切ることが大事である。
柱・梁など構造軸組みに腐食、虫害などがあり、構造上問題がある場合は修理する。修理の方法としては、柱なら根継ぎ、取替え、梁なら補強、取替えなどを状況に応じて検討する。その際破損の原因を検証し、出来るだけ破損の原因を取り除くことが大事である。例えば、柱の根元の腐食が床下換気の不足によるものなのか、外壁の雨漏りによるものなのか、その原因によって対策を講じることが必要である。

写真1-3 柱の根継ぎ

写真1-4 柱の根継ぎ及び不陸調整
e)屋根
屋根の不良は雨漏りの原因となるので、雨漏りがなくとも点検しておきたい。瓦の割れやずれ、鬼瓦の倒れなどがあれば必ず修理する。屋根の形状によって谷がある場合、谷の銅板が腐食していることがあるので、その場合は取替える。銅板は町家が建てられた頃に比べ、雨水のpHの変化により腐食しやすくなっているので、取り替える場合はステンレス板をお勧めする。軒樋、縦樋が銅製の場合は、酸性雨対策のライニングが施された既製品があるので、これを使用したい。
明治期に建てられた金沢の町家は、建築当初木羽葺き石置き屋根であったものが多く、現在金属屋根で屋根勾配が3寸ほどの町家は、当初の木羽葺き(石置き)屋根の上に金属板を葺いているとみてよい。もし小屋組みが当初のままで、この上に瓦を葺いてある場合、瓦葺としては屋根勾配が緩いので、特に点検が必要である。当初の木羽葺きを瓦葺きに替えた町家は、当初の小屋組みの上に屋根を上げて、屋根勾配を急にしてある場合が多く、小屋裏にその痕跡が残っているので確認できる。
(f)壁
軸組みの修正が完了したら、壁貫を点検し雨漏り等で破損しているものは取り替え、柱の貫穴に打ち込んである楔を締め直す。
小舞は金沢の町家ではススキもしくはヨシが使われていることが多い。どちらも町家を建築した時代には、犀川や浅野川の河畔や、河北潟周辺で身近に採れた材料であったことが伺える。間渡し竹を柱に留めるには、金沢では「ウグイス」と呼ぶ竹釘を使用する。これらを修理する場合も、出来るだけ当初の材料、構法を踏襲したい。「ウグイス」の代用に洋釘を使うと必ず錆びるので、洋釘を使ってはならない。

写真1-5 小舞壁の修理

写真1-6 小舞壁のやり替え
(g)建具
柱に傾きがあった場合、建具はその傾きに合わせて調整していることが多い。従って軸組みを修正すると、柱は鉛直に戻るので、建具は再度調整が必要である。高さ、幅とも調整は可能なので、建具屋と相談して調整の方法を決める。
町家の建具は、高さは内法寸法(敷居上端〜鴨居下端、大抵5尺8寸≒176cm)で決まっており、また平面的にも江戸間モジュールなので、使い回しがきく。これが「建具はたらい回し」と言われる所以で、建築時より古い建具が建て込まれている場合もあり、既存の建具は大事にしたい。
(h)土間
町家には玄関から奥の庭まで、「トオリニワ」と呼ばれる土間でつながっている形式が一般的である。「トオリニワ」は、金沢市内に下水道が敷設された後に、設備配管を通すため床が貼られている場合が多い。出来れば後で貼られた床を撤去し、当初の土間に戻し、三和土(たたき)で施工すると町家の風情が蘇る。この場合、設備配管は出来るだけ土間ではなく、畳下に埋設するほうが後の維持管理が容易である。
土間部分に流し台を置いて建築当初の台所の姿に戻すことも可能である。

写真1-7 土間に床が貼られている

写真1-8 復原されたトオリニワ
(3)引渡し
施工が完了したら設計者、施工者立会いのもとで竣工検査をする。このとき気がついた点があれば、手直ししてもらう。この時多少の色ムラや材料の不揃いに対し、余り神経質になる必要はない。新築と違って、それぞれの時代の材料が使われているわけで、特に違和感がなければ、そのままでよい。時間の経過と共になじんでいくはずである。
検査が終われば、設備機器等の取り扱い説明を受け、鍵をもらって引渡しは完了する。この時点で、修復された町家の主役はそこに住む人に移る。
1.6 まとめ
一般的に、町家の寿命は人の寿命より長い。但しそのことは、人がきちんと手を入れることで初めて言えることであり、手を入れることにより町家の寿命はさらに延びていく。つまり、町家の寿命は所有者により決まるのである。
町家を社会的資産と考え、修復することによって次の世代に渡すという意識がもっとあってもいいと思う。これからは、そこに生まれ育った人に限らず、町家を愛する人達が積極的に町家生活を楽しめるようになると、町家をとりまく風景はずっと良くなるのではないだろうか。
2.おわりに
本章によって、金沢における町家の修復事例が増え、多くの町家が残ることになれば幸いである。
参考文献
1) NPO民家再生リサイクル協会編:民家再生技術の手引き、2003
2) 財団法人京都市景観・まちづくりセンター編:なるほど!「京町家の改修」〜住みつづけるために〜、2003
3) 京町家作事組編:町家再生の技と知恵、2002
4) 京町家作事組編:町家再生の創意と工夫、2005
------NPO法人金澤町家研究会平成19年度報告書より------